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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)420号 決定 1956年3月05日

抗告人 裴明九 代理人 瀬崎憲三郎 外一名

東京自動車販売株式会社 代理人 渡辺一男

主文

本件各抗告はいずれもこれを棄却する。

各抗告費用はそれぞれ当該抗告人の負担とする

理由

第一、本件各抗告の趣旨並びに抗告理由は、別紙一及び二に各記載のとおりであつて、当裁判所は次の如く判断する。

第二、決定理由。

一、先ず記録に基ずいて調査するに、本件競落許可決定に至るまでの経過は、次のとおりである。

(一)  東京地方裁判所昭和二十八年(ケ)第五一〇号事件

本件建物につき昭和二十八年六月四日順位二番抵当権者たる朱福来(相手方)より、東京自動車販売株式会社(第四二〇号抗告人)を債務者、裴明九(第四一七号抗告人)を物件所有者として任意競売の申立あり、東京地方裁判所昭和二十八年(ケ)第五一〇号事件として繋属し、同年六月九日競売開始決定あり手締進行中、同年九月十五日、右東京自動車販売株式会社より同庁昭和二十八年(ヨ)第六八七四号競売停止の仮処分決定正本(前記(ケ)第五一〇号事件記録第六四丁参照、同仮処分決定は東京自動車販売株式会社を債権者、朱福来を債務者とし、前記(ケ)第五一〇号競売事件の競売手続につき同庁昭和二十八年(ワ)第四二七八号本案訴訟事件の判決確定に至るまで停止を命じたもの)の提出があつたので、該競売手続は一時停止せられた。

(二)  前同庁昭和二十八年(ケ)第一〇三五号事件

しかるところ昭和二十八年十月六日同一物件の第一順位の抵当権者である協同組合日本華僑経済合作社より、揚礼恭を債務者、裴明九((ケ)四一七号抗告人)を物件所有者として任意競売の申立あり、前同庁昭和二十八年(ケ)第一〇三五号事件として繋属したが、民事訴訟法第六百四十五条により競売開始決定をなすことなく、前記(ケ)第五一〇号事件記録に添附せられ、爾後競売手続はこの(二)の申立人のため続行せられるに至つた。

しかるに昭和二十八年十一月十八日前記(ケ)第一〇三五号事件の利害関係人たる東京自動車販売株式会社より、同庁昭和二十八年(ヨ)八七一七号競売停止の仮処分決定正本(右一〇三五号事件記録三三丁参照、同仮処分決定は東京自動車販売株式会社を債権者、協同組合日本華僑経済合作社を債務者とし、右(ケ)第一〇三五号競売事件の競売手続につき同庁昭和二十八年(ワ)第四二七八号本案訴訟事件の判決確定に至るまで停止を命じたもの)の提出があつたので、この競売手続も一時停止されていた。

(三)  その後前記(一)掲記の(ヨ)第六八七四号及び(二)掲記の(ヨ)第八七一七号各競売停止の仮処分決定は、同裁判所が同庁昭和二十九年(モ)第一三六四九号及び同年(モ)第一三六五〇号仮処分異議事件につき同三十年五月十三日に言渡した仮執行宣言附判決により、いずれも取消されたので、爾後前記(一)の(ケ)第五一〇号事件として競売手続は更に続行されるに至つた。

(四)  ところが昭和三十年七月二日、物件所有者裴明九(第四一七号抗告人)から東京簡易裁判所昭和三十年(サ)調第四七七号及び同第四七八号各不動産競売手続停止決定正本(右(ケ)第五一〇号事件記録一一五丁及び右(ケ)第一〇三五号事件記録第四三丁参照、右各競売停止決定は、裴明九から前記(ケ)第五一〇号競売申立人たる朱福来及び前記(ケ)第一〇三五号競売申立人たる協同組合日本華僑経済合作社をそれぞれ相手方として、本件債務につき民事調停の申立をし、同裁判所が民事調停規則第六条により右調停事件の終了に至るまで、それぞれ前記(ケ)第五一〇号及び(ケ)第一〇三五号各競売手続の停止を命じたもの)の提出あり、一時停止中のところ、同年七月八日右朱福来より、同人が前記東京簡易裁判所昭和三十年(サ)調第四七七号不動産競売手続停止決定に対し適法な即時抗告の申立をなした旨の抗告裁判所の証明書((ケ)第五一〇号事件記録一二九丁参照)を提出したので、同裁判所は右即時抗告の申立は執行停止の効力を有するから、前記東京簡易裁判所昭和三十年(サ)調第四七七号競売停止決定もその効力を失つたものとの見解の下に、そのまま競売手続を続行し、昭和三十年七月十五日の競落期日に、本件不動産につき競落許可決定を言渡したものである。

(なおその間本件不動産については別に昭和二十八年十二月二十五日、債権者李相来より物件所有者裴明九を債務者として強制競売の申立があり、(東京地方裁判所昭和二十八年(ヌ)第六九六号)、前記(一)の五一〇号事件記録に添附せられ、前記五一〇号事件及び一〇三五号事件の競売手続停止中、右(ヌ)第六九六号強制競売事件として競売手続を実施したことはあるが、右事件は昭和二十九年五月二十一日取下により終了し、本件事案を断ずる上において必要のないことであるから、省略する。)

二、よつて前示経過にもとずき、逐次抗告理由の当否について判断する。

(A)  当庁昭和三十年(ラ)第四一七号抗告理由。

第一点について、

民事調停規則第二十七条によれば「第四条、第六条第四項、第二十一条及び前条の即時抗告は、執行停止の効力を有する。」と規定し、特に各条文を列挙して、これら即時抗告に限り、すべて執行停止の効力を有する旨の特則を定めている。そして前記東京簡易裁判所昭和三十年(サ)調第四七七号不動産競売手続停止決定は、民事調停規則第六条によりなされたものであり、右停止決定に対し前記朱福来は、同規則第六条第四項により適法な即時抗告の申立をしたものであることは、前記五一〇号事件記録第一二九丁一三〇丁編綴の証明書により明らかである。ところで右規則第六条による競売手続停止決定は、同条の定める制限の下にしかも担保を立てさせてなされるものであつて、これに対する即時抗告が「執行停止の効力を有する」との前記明文上、右即時抗告の申立あるの一事により、その即時抗告の対象となつた裁判、つまり競売手続停止決定が率然その執行を阻止せられるものと解することは抗告人の指摘する如く如何にも不当のように見えるし、飜つてこの場合と対比して民事訴訟法の規定について考えてみるに、抗告人の引用する昭和十一年二月六日大審院第一民事部決定(大審院民事判例集第十五巻一五四頁参照)の判旨によれば「即時抗告により不服を申立てられた裁判は原則的にその執行を停止せらるべきであること、民事訴訟法第四百十八条第一項の規定するところではあるが、同法第五百四十七条第二項による強制執行停止命令に至つては、その性質上不服の申立あるの一事によりその執行を阻止すべからざるものあるにより、右原則の適用は制限せられ、当該命令正本の提出がある以上、右停止命令に対する即時抗告の有無に拘らず強制執行は停止せらるべきものと解するを相当とする」旨判示せられている。しかし民事調停規則第六条は調停手続の円滑な進行を図りその効果をおさめるため、調停事件の繋属する裁判所(この裁判所は調停の目的となつている権利に関する強制執行手続、または競売法による競売手続の当否を判断する地位にないのである。)に一定の制限の下に、訴訟法の認める厳格な手続によらない応急の措置として、当該執行手続または競売手続の停止を命ずる権限を附与したものであり、民事訴訟法第五百四十七条第二項による停止命令の如く、本案の受訴裁判所が一応当該執行に対する異議事由の当否につき判断をした上で、異議に関する裁判がその目的を失う危険を避けるため、停止命令を発するのとはその趣を異にするものである。かような見地から前記調停規則第二十七条において前者即ち同規則第六条による停止命令の効力につき、即時抗告のない限りにおいて停止の効力を保持せしめるとの趣旨の下に、これに対する即時抗告(同条に列挙する第六条第四項の即時抗告)は、執行停止の効力を有する旨の特則を定めたものであるとの法意が窺われるのである。従つて民事訴訟法の下において即時抗告は執行停止の効力を有するとの一般原則に対し、第五百四十七条第二項の如き強制執行停止決定に限り、特別な例外を肯定する前示大審院の判旨を、本件の場合に類推適用することは、前示調停規則の特則の明文にもその趣旨にも反することとなり、結局抗告理由第一点は採用することはできない。

第二点にいて。

民事訴訟法第五百五十条(同条は性質の許す限り競売法による競売手続にも準用あり)は、既に開始された執行を停止または制限するには同条所定の書類の提出を要することを規定したもので、停止された執行の続行に関する規定ではない。後者の場合に関しては一般的規定はないが、個々の停止原因につき債権者は、その事由の消滅を裁判書の提出その他の方法で証明して、執行の開始または続行を申立て得るものと解すべきである。本件の場合、前示一、の(四)記載の本件競売手続停止決定正本の提出があつたので、右は前記民事訴訟法第五百五十条第二号にあたる書類として、競売手続は一時停止されたが、間もなく相手方から提出された前記停止決定に対する適法な即時抗告があつた旨の公正の証明書により、執行停止事由の消滅があつたものとして、競売手続が続行せられるに至つたものであつて、この場合右執行停止事由消滅の証明に関しては、必ずしも前記第五百五十条に明示する裁判書の正本の提出を要するものでない。所論は前示の場合執行を続行するには、さきに提出された停止命令そのものについて、更に第五百五十条所定の裁判書の正本の提出を要するとの見解であるが、到底左袒することはできない。

第三点について。

本件競売期日の公告には「競売物件たる建物全部を昭和二十八年二月より期限の定めなく一ケ月借賃金二万円借賃前払敷金差入れ各なく大東自動車販売株式会社が賃借中」と記載され、右は本件競売に際し競売裁判所が執行吏に命じて取調べさせた調査の結果に基ずくものであることは、記録上明らかである。競売法第二十四条第五項により準用せられる民事訴訟法第六百四十三条第三項によれば、債権者において同条第一項第五号の要件を証明することができないときは、裁判所は申立により執行吏をしてこれが取調をなさしむべきことを規定し、同法第六百五十八条第三号において右要件を競売の公告に記載すべきものとしているが、右要件の有無の調査については、前記執行吏の取調による外何等これを確定すべき手続規定は存しないのである。従つて右執行吏の取調報告が特に杜撰で信を措くに足らないと認むべきものなき本件においては、前示公告は前記第六百五十八条第三号の要件を欠く不適法なものということはできない。尤も抗告人の疏明によれば、本件建物の一部を訴外株式会社加藤電器製作所において抗告人主張のような約旨で賃借していたかのようであるが、元来競売期日の公告に当該競売物件につき賃貸借ある場合、「その期限並びに借賃及び借賃の前払又は敷金の差入あるときはその額」を記載要件としているのは、競買申出人をしてその対抗を受けるべき賃貸借の内容を予め知らしめ、それによつて競売物件に対する評価の参考に資せしめんとするに過ぎず、公告の有無によつて賃借権の存否に何等の消長を及ぼすものでないことは勿論、当該物件の所有者または債務者である抗告人等(両事件の抗告人)としては、かかる賃貸借(若しあつたとすれば)に関する公告の欠如は、むしろこの評価を高からしめる利益こそあれ、これがため損失を被むる筋合でないことは自明の理である。いずれにしても本件公告につき民事訴訟法第六百五十八条第三号の要件を欠く違法あるものとして、競落許可の取消を求めるこの主張は理由がない。

第四点について。

抗告人の所論は、任意競売を以て性質上私法上の売買であり、売主は債務者であるとの前提に立つもののようであるが、仮りにこの説を是認するとしても、元来商法第二百六十五条において取締役、会社間の取引につき取締役会の承認を要するとした所以は、会社と取締役間の利害関係の衝突を惹起すべき取引につき、その弊害を防止せんがためのものであるから、競売におけるが如く最低競売価額が定められ、公正な糶売の方法による売買の場合にあつては、この規定の適用はないものと解すべきのみならず、本件にあつては、債務者東京自動者販売株式会社所有物件が競売の目的となつたものでなく、競売物件の所有者は担保提供者たる裴明九であるから、売主を前記東京自動車販売株式会社とするとの前提に立つ抗告人の主張は、この点においても失当である。(東京自動車販売株式会社が売主たる地位になく、単に当該競売事件の債務者であるとの関係から、なお商法第二百六十五条の適用を云為するものとすれば、かかる主張は到底首肯できない。)従つて本件競売申立人たる相手方朱福来が、本件共同競落人の一人であり、且つ同人が債務者東京自動車販売株式会社の取締役であるとしても、右競落については同会社取締役会の承認を要するものでなく、本件競落許可については民事訴訟法第六百七十二条第二号に該当する違法はない。

第五点について。

本件昭和三十年七月十四日の競売期日の公告には、昭和二十八年度の公課金三万六千七百六十円と記載してあり、抗告人主張の如く昭和二十七年度の公課金として表示したものでない。右は昭和二十八年六月四日の本件競売申立に際し、債権者が提出した東京都港税務事務所長作成昭和二十八年度本件建物の公課金証明書によつたもので、ただ本件競売手続がその後幾度か停止されたため、競売期日の指定がおくれたが、改めて競売期日の年度の公課金の取調べをすることなく、そのまま昭和二十八年度の公課金を公告したものであること、記録上明らかである。元来租税その他の公課金を競売期日の公告の一要件としたのは、前示賃貸借のそれと同じく、競買申出人をして競売物件に対する評価の参考に資せしめんとするのであるから、なるべく最近の年度の公課金を表示するのが妥当である。しかし必ずしも競売期日の年度のそれを公告すべき旨の厳格な法律の定めはないのであつて、要は前示公告の目的を達し得る限りにおいては、過去の年度の公課金の公告を以ても足るものと解すべきである。本件において前示のような事情で、競売申立当時の昭和二十八年度の公課を、そのまま昭和三十年七月十四日の競売期日の公告に掲げたからといつて、右公告を目して公課金に関する表示を欠く不適式なものとする抗告人の主張は到底採用できない。

第六点について。

競売期日の公告後該期日前、競売手続停止命令の提出があつたため、右競売手続が一時停止され、右停止期間中にさきに指定された競売期日が経過し、その後右停止事由が消滅したときは、競売裁判所が手続を続行するには、更らに競売期日を定めて公告すべきことは当然である。しかし本件記録によれば、本件において裁判所が指定した昭和三十年七月十四日の競売期日の公告のあつたのは同年六月三日であり、抗告人が当該競売停止命令を裁判所に提出したのは同年七月二日、相手方が即時抗告の提起による右停止事由の消滅を証明して本件競売が続行されるに至つたのは同年七月八日であることは、明らかであるから、右経過事実に徴して考えると、右停止期間(七月二日より七月七日まで)中は既になされている状態のままで競売手続は続行し得ないことになつたのではあるが、右障害が除去された以上、右停止前になされた公告に従い昭和三十年七月十四日の競売期日に競売を実施することは少しも妨げない。要するに右停止命令は民事訴訟法第五百五十条第二号の競売手続の一時の停止を命じた旨を記載した裁判の正本に過ぎないから、同法第五百五十一条後段により、その裁判を以て従前の執行行為の取消を命ぜざるときに限り、既になした執行処分を一時保持せしめる効力を有すに過ぎず、さきになされた前示競売期日の指定及び公告の手続の如きも、右停止命令の提出によつて遡つて失効するものでなく、ただ前説示の如くこの停止期間中に既に競売期日が経過した場合には、最早さきに公告された競売期日に競売を実施することはできないので、改めて競売期日を定めて公告する必要があるに止るのである。この点に関する所論は採用できない。

(B)  当庁昭和三十年(ラ)第四二〇号抗告理由。

一、の(一)、(二)について。

右(一)の、抗告人は相手方に対し本件競売申立の基本たる債務を負担したことはないとの主張、並びに(二)の当時抗告人会社の取締役であつた相手方の右債権並びに抵当権取得につき、同会社の取締役会の承認がなかつたから無効であるとの主張については、右当事者間の東京地方裁判所昭和二十九年(モ)第一三六四九号、同年(モ)第一三六五〇号仮処分異議事件の判決(記録第九八丁編綴)において、その理由なしと判断されているところであり、この判断を覆すに足る他の疏明資料はない。なお抗告人は右(二)の点に関し、前示承認を与えたという取締役会は法律に定められた方法によつて招集された取締役会ではないから、抗告人会社の取締役会の承認として効力はないと主張するが、前示判決の説示によるも、本件消費貸借並びに抵当権の設定につき取締役全員会合の上相談し、別に異議なく承認した事実を認定しているのであつて、元来取締役会は取締役全員の同意あるときは、招集の手続を経ずにこれを開くことができる(商法第二百五十九条の三)のであるから右の場合特に法律に定めた招集手続によらなかつたとしても、右判決に説示する事実関係の下においては、取締役会の承認として効力あることが推認できる。

よつて右一、の(一)(二)の抗告理由は採用し難い。

二、の(一)及び(二)について。

この点に関する判断については、前掲(A)の第三点及び第五点について示した当裁判所の見解をここに引用する。

三、について。

抗告人のこの主張は、本件競売物件は登記簿上の名義人で担保提供者である裴明九の所有でなく、実質上の所有者は抗告人たる東京自動車販売株式会社であるとの前提に立つものであるが、右事実を肯認し得る資料なきのみならず、この点についての当裁判所の判断として、前掲(A)の第四点に説示したところをここに引用する。

追加理由について。

本件記録第一二〇丁によれば、本件競売期日の公告については、昭和三十年六月六日物件の所在する東京都港区役所の掲示場に掲示されたことが明らかであるから、この点の抗告理由も失当である。

その他本件各記録を精査するも、原決定には何等違法不当の瑕疵はないから、本件各抗告はいずれも理由なしとして棄却すべく、各抗告費用はそれぞれ当該抗告人に負担せしめることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

抗告の理由(昭和三〇年(ラ)第四一七号)

抗告人は債務者東京自動車販売株式会社抵当権者朱福来、同協同組合日本華僑経済合作社を相手方として、東京簡易裁判所に調停の申立をなし同時に保証を立て本件の任意競売手続を調停完結に至る迄停止する旨の命令を得、之を執行裁判所に提出し置きたるところ、競売申立人より該命令に対し即時抗告の申立てあり其の旨の証明書の提出ありたるの一事のみにより執行裁判所は俄かに競売手続を続行する旨を声明し、抗告代理人よりの法律上続行し得べきものでないことの主張を顧みることなく、昭和三十年七月十四日競売断行を執行吏に命じ翌十五日之が競落許可決定の宣告をしたのである。然し、右決定は左の理由によつて違法であるから速かに之が取消を求むる次第である。

第一点、なるほど、民事調停規則第二十七条には第四条、第六条四項、第二十一条及び前条の即時抗告は執行停止の効力を有すと規定してあるから即時抗告の提起と同時に停止命令の効力は停止されると解し得るが如くである。然しながら執行の停止命令のような場合に右の如く解するときは一片の即時抗告申立書により常に執行は断行せられ、停止命令は全く無意味に帰するであろう。そうすると多額の保証を立てて停止命令を得た者に不測の損害を与える結果となり、停止を認めた法律の趣旨は全く減却されることとなるであろう。故に斯かる特殊な場合には其の性質上不服の申立てありたるの一事のみにより其の命令の執行は阻止し得ないものであると解することが、最も妥当なる解決方法である。斯く解することによつて多額の保証を立て停止命令を得たものは救われ、一方競売申立人は執行の停止によつて蒙むる損害は保証金によつて担保されて居るから何等の矛盾は生じないのである。昭和十一年(ク)第一一号大審院同年二月六日の決定は此の趣旨を明確にしたものである。

第二点、民事訴訟法第五百五十条によれば強制執行は左の書類を提出したる場合に於て之を停止し又は制限すべしと規定して四つの場合を明示している。執行機関による現実の執行実施の停止は同条所定の書面を提出しない限り停止を求め得ないこと明かであつて即時抗告提起証明書は其の孰れにも該当しないことは茲に論ずる必要はないであろう。本件に於ては抗告提起の証明書の提出あるに止まり右民事訴訟法第五百五十条に明示する裁判書の正本が執行裁判所に提出されていないことは記録に徴し明白であるから執行裁判所は本件競売の続行は為し得ないのである。

第三点、競売不動産たる本件建物の内其の二階九坪は東京都港区芝田村町二ノ六株式会社加藤電機製作所が昭和二十七年七月十二日建物所有者との間に賃料を一ケ月金一万三千五百円と定め期限の定めなく借受け又二階五坪は同所歯科医山本英夫が昭和二十七年八月二十五日賃料を一ケ月金 円と定め期限の定めなく建物所有者より之を借受け孰れも当初より其の引渡しを受け賃借権を有している。然るに競売裁判所は該賃借権なしとの執行吏の不当な報告を過信し競売期日の公告に之に関する何等の記載もしていない。斯の如き公告は法律上の記載要件を欠缺したもので之が競落は不許の原因がある。仍て、此の点を看過し為した本件競落許可決定は取消さるべきものである。

第四点、本件不動産の競落人の一人は債権者朱福来である。然しながら同人は債務者たる東京自動車販売株式会社の取締役であるから任意競売である本件に於ては競落については債務者たる東京自動車販売株式会社の取締役会の承認を得ることを要することは論を俟たない。然るに此の点を看過して為した本件競落許可決定は取消さるべきものである。

第五点、本件競売に当つての公告には公課として昭和二十七年度の公課を挙げている。然し乍ら、右競売期日は昭和三十年七月十四日であり其の公告は同年六月中であるから公告当時に於る年度の公課を掲載すべきものであつて此の点に於ても右公告は租税其の他の公課の記載なきものに帰し本件競落許可決定は取消さるべきものである。

第六点、競売期日公告後、該期日前抗告人は競売手続停止命令を得て之を競売裁判所に提出した。其の後手続続行の命令ありたる時は更に競売期日を定めて公告すべきものであつて、前に定めた期日に競売をなすべきものではない。(明治三三年(民刑局長)一〇一五回答)。然るに新期日を定めず競売を行つたのは公告を欠くことに帰し本件競落許可決定は取消さるべきものである。

抗告の理由(昭和三〇年(ラ)第四二〇号)

一、原決定は許すべからざる競売手続によつてなされた違法がある。

すなわち、(一)抗告人は相手方に対し本件競売申立の基本たる債務を負担したことがない。(二)本件競売申立の基本たる抵当権は昭和二十八年三月二十七日の設定契約にもとずくこととなつているが、当時抵当権者である相手方は抗告人会社の取締役であつたにかかわらず、右設定契約をするについて抗告人会社の取締役会の承認をうけていなかつたから、右設定契約は無効であつて、抵当権は成立する余地がない。

なお、原審記録中の東京地方裁判所昭和二十九年(モ)第一三六四九号、第一三六五〇号各仮処分異議併合事件判決正本によれば、同裁判所は、右抵当権設定契約の締結について抗告人会社の取締役会の承認をうけたものと判断していることはあがらかであるが、かりに同裁判所の認定したとおり当時の抗告人会社取締役がたまたま事実上会合して相談したという事実きあつたとしても、右は法律に定められた方法によつて招集された取締役会ではないから、抗告人会社の取締役会として右抵当権設定契約の締結を承認したになことはらない。

だから、右(一)、(二)のいずれの点からしても本件競売は許すべからざるものであつたのであつて、この点を看過してなされた原決定は取消をまぬかれない。

二、本件競売期日の公告には法律上の要件を欠いた違法がある。すなわち、(一)本件競売の目的たる建物の二階表側中央約九坪の室については本件競売の基本たる抵当権設定前である昭和二十七年八月一日株式会社加藤電機製作所が所有者たる抗告人会社から賃料一ケ月一万千二百五十円の約で期間の定なく賃借すると同時にその引渡をうけ、その後引続き現在まで同会社において賃借人としてこれを使用占有中であるから右賃貸借は、当然抵当権者である相手方に対抗できるものである。従つて、原裁判所が右建物の競売を実施するにあたつてはこの点を詳細調査し、競売期日の公告にその期限、借賃、その前払、敷金額等を記入しなければならなかつたのに、原裁判所はこれを看過しその公告に右賃貸借に関する事項を掲載することを怠つている。だから、原決定にはその基礎たる競売手続に適法な公告を行わなかつた違法がある。(二)競売期日の公告には目的不動産について最近の年度の公課額を記載しなければならないのであるところ、昭和三十年七月十四日の本件競売期日の公告が同六月三日になされたことが記録上あきらかであるにかかわらず、原裁判所は、競売申立書添付の公課証明書にもとずき、漫然、右公告に昭和二十八年度の固定資産税額を表示しているにすぎないから、右公告にはこの点においても法律上の要件を欠いた違法がある。

三、本件競売の目的たる別紙目録記載の不動産は――登記簿上の名義は裴明九となつてはいるが――実体上は抗告人会社の所有である。だから、抗告人会社の取締役である相手方がこれを競落するにあたつては、第一項におけると同様その取締役会の承認をうけなければならないのであるが、相手方はその手続を経ていないから、競落人の一人である相手方は法律上売買契約を取結ぶ能力がない。それゆえ、たとえ、相手方が競落しても、これを許可すべきではないのに、原決定はこれを看過し競落を許可しているから、この点からみても原決定は不当である。

追加抗告理由 民事訴訟法第六百六十一条によれば競売期日の公告はこれを裁判所の掲示板と不動産所在地の市町村の掲示板とに掲載してすることとなつているが、昭和三十年七月十四日の競売期日の公告は同年六月三日東京地方裁判所掲示場に掲載されたことがあきらかであるに止り、不動産所在地の市町村の掲示板に掲示されたことの証拠は全く記録上存在しない。だから、原決定にはその基礎たる競売手続に競売期日の公告が法律に規定した方法によつてなされなかつた違法があり、この点からみても原決定は取消をまぬかれないものと考える。

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